2021年の良い曲(6) | m.$.t.k.のなに読んだ、なに聴いた #16
2022年、あけましておめでとうございます。今回の年末年始はコロナも日本では小康状態だけど、遠くに出かけるわけにも行かず、普通の休日がただただ連続する……みたいな感じでしたけれど、みなさま、どうお過ごしだったでしょうか。わたしはその「普通の休日」の連続のなかで、最近ハマっている日本ワインを飲んだり、正月のTV特番を観たりして過ごしました。なかでも印象に残ったのは、これはインターネットにおける風説・言説とセットでのものですけれど、大晦日の日に放送されていたNHK交響楽団のベートーヴェンの交響曲第九番《合唱付き》で。今回は尾高忠明という日本人の大御所、でありながら日本よりも、イギリスで非常に評価が高いマエストロが指揮を振ってたんですよね。
尾高忠明は御年74歳。「巨匠」といって差し支えない存在なんですけども、今回聴かせてくれたその音楽は、アンチ巨匠というかね、ピリオド的な(ベートーヴェンの時代の音楽を再現するようなアプローチ。傾向としてはテンポは速めで、テンポの動きは多くなく、締まった響きを求める)も取り入れた今っぽいもの(ベートーヴェンの時代の音楽を再現するようなアプローチが「今っぽい」というのは、これまた矛盾するようですけれど、少なくともこの20年ぐらいのクラシック界では、そのようなスタイルが、モダンなものとして受容されていると思います)だったんです。素晴らしかった。巨匠的なスタイル、緩急や音量の大小を派手につけて熱狂的にやる巨匠的なものに音楽を流す、これはおそらく簡単なんです。しかし、今回のマエストロはそうせず、祝祭的であってもいい大晦日放送の第九に、あえて現代ヨーロッパのスタイルを提示してみせる。このプロフェッショナリズムに心を打たれるものがあったんですが、Twitterを観てたら、そういう演奏をただただ「堅実でつまらない演奏だ」と評している声があったんですよ。
もう愕然としましたね。そういう君らはもうTVを消して、昔の巨匠たちの録音を聴いて感動していたまえよ、と思いました。大体ですね、ベートーヴェンの第九ってめちゃくちゃ難しい曲なんですよ。楽器によっては「こりゃはっきり言って演奏不可能」みたいな部分があるくらいで、言ってみれば「堅実な演奏」っていうのがありえない音楽であるわけね。そうしたものを表面的に捉えて「堅実でつまらない演奏」と切り捨ててしまう、ここにはある種の厚顔無恥がありますよね。いや、もっと真面目に音楽を聴いてくださいよ、と端的に思う。たしかに表層的には堅実に聞こえるかもしれない解釈のなかに、どれだけ大きな動きが含まれていることか。それを聴き取れずして「つまらない」とか言っている人は、ちょっと勉強不足だよなぁ……と苦笑する、と同時に、そうしたことを書いていたTwitterのアカウントを根こそぎブロックしたりしていました。
なんの話なんだ、って感じなんですけど(いや、最近、ホント、Twitterでバンバンブロックする、というのも変な、小さい快感を呼ぶ行為になっちゃってるんだよな……しかも、こういうのも結局は「俺のほうが音楽を知ってるぞ!」みたいなクソくだらない表明にすぎない可能性が高い)昨年に引き続き2021年のいい曲を振り返っていきます。ヤバ、ここまで書くのにかなり時間を使ってしまった。